プログラムについて

室長からのメッセージ

MD研究者育成プログラム室長
吉川 雅英

前任の岡部繁男先生から室長を引き継ぎました吉川(きっかわ)です。MD研究者育成プログラムは、これまでは個々の学生が行ってきた「課外活動」としての研究を正式にサポートし、医学研究の面白さ・重要さを、自分の手を動かして体験してもらうためのプログラムです。

枠組みを超えて

MD研究者育成プログラムでは、学生が主体となって活動することを期待しています。我々教員は、そうした学生の活動を少しでも手助けができれば、と考えています。プログラムの骨格は所属する研究室での研究活動と、MD研究者育成プログラム室が主催する少人数ゼミの二本立てになっています。
既に2008年から三学年が本プログラムを履修しており、2011年度の終わりには卒業生を輩出します。さらに、前任の岡部先生や清水前学部長のご尽力により、他大学との連携やリトリートなども始まっており東京大学・医学部にとどまらず、自分の視野を広げる機会が多数あります。
こうした機会を生かすかどうかは、学生が主体的に取り組むかどうかに掛かっています。研究でもそうですが、与えられた課題だけを実行する人するのでなく、「これをやってみたい」と自分で考えたことを周りを説得し巻き込みながら実行していく姿勢が大切です。
従って、これまでのMD研究者育成プログラムの「枠組み」にとらわれず、新しい試みをどんどん提案して下さい。我々教員も可能な範囲で出来る限りのサポートをしていきたいと思います。

私の「研究者プログラム」

私が大学生のころには、当然ながらMD研究者育成プログラムはありませんでした。しかし、フリークオーター制度を生かしていろいろな研究室にお邪魔させていただきました。
M1の時には、医科学研究所の上代淑人先生の研究室で分子生物学の基礎を教えていただきました。偶然ですが、10年後に自分の研究していたモーター分子であるキネシンの動作原理が、上代先生の研究されているGタンパクと共通のものである事が分かる事になります。
また、M2の時には萩原フェローシップによりスタンフォード大学のリサーチパークにあるDNAX研究所に2ヶ月滞在させていただきました。このフェローシップは医学部を卒業し、基礎研究をしながらも、不幸にも実験中に喘息によって亡くなられた萩原肇さんのご遺族の寄付によって10年間行われたものです。
その時のラボのヘッドAlbert Zlotnikに「医者はdomesticだけれど、研究は国際的である」と言われたことが印象に残っています。その当時は良く意味が分かりませんでした。しかし、卒後に本格的に基礎研究をはじめてみると、重要な発見は国際的に評価されることも分かりましたし、良い結果さえ出せば世界のどこででも研究職として働くことが出来る事がわかりました。実際、萩原フェローシップをもらい、その後基礎研究者になって世界的に活躍されている先生方も数多くいらっしゃいます(基礎生物学研究所の吉田松生先生、UCSDの中川輝良先生など)。
M3からM4に掛けては、当時の第三内科で研究をさせていただきました。栗原裕基先生(当時 助手)がエンドセリン・ノックアウトマウスを作るためにゲノムのスクリーニングをされており、そのお手伝いをさせていただきました。
医学部を卒業してからは、廣川信隆先生のところで大学院を過ごすことになりました。

まずは飛び込んでみて欲しい

このように私自身は学部時代に、いろいろな研究室で過ごしました。それぞれの研究室で異なった考え方・価値観を学んだことはその後の研究人生に大きく役立っています。もちろん、これは私の例であって、一つの研究室にずっと所属し、卒業前に論文を出すような方もいます。
フリークオーターやMD研究者育成プログラムの良いところは、自分で選択することができるという点です。医学部のほとんどの授業が必修なのに対して、研究はオプションなのです。途中で自分は研究に向いていないと思えばいつでも辞めることが出来るのは学部学生の特権です。
ですから、少しでも研究に興味があれば飛び込んでみてください。自分の手を動かしてみることで自分のやりたいことがハッキリしてくるはずです。 MD研究者育成プログラムではそうして研究に魅せられ、将来医学や生命現象の本質に関わるような発見をする医学研究者を輩出できるような場を提供していきたいと考えています。