基礎医学の先人を紹介

世界で初めて癌の人工的生成に成功

 癌(がん)は現在、日本人の死因の第一位で、癌の克服、癌医療の充実は国民の重要な課題です。癌が細胞の病気で、顕微鏡の下での形態の特徴によって診断できることがわかったのは19世紀末のことです。この時期に、日本で敢然と癌の謎に挑戦したのが山極勝三郎です。山極は癌が発生する道筋を解明するため、協力者の市川厚一とともにウサギの耳にコールタールを塗りこむ実験を続けました。当時の常識を越え300日以上の長期に及ぶ実験を行い、 1915年、組織学的に明らかな癌を人工的作り出すことに世界で初めて成功しました。当初、日本の医学会では山極の実験結果を信用する人は少なく、「癌か贋か、果た頑か」と陰口が囁かれたといいます。この後、1930年イギリスの研究者によってコールタールの成分の中から発癌性を持つ純粋な化学物質、1,2,5,6ベンツピレンが同定されました。山極は1926年のノーベル賞候補となりましたが、受賞はデンマークのFibigerに決まりました。Fibigerの業績は実験的にラットに胃癌を発生させたものですが、後世その実験が誤りであったことが指摘されています。山極はその後も研究を続け、癌の免疫学的治療実験を行いました。

 「世の癌をみな育たせぬみちもがな」  (山極勝三郎作)

山極 勝三郎
(1863-1930)

記:人体病理学・病理診断学分野 深山正久
分子病理学 宮園浩平

Ca2+イオンの細胞内メッセンジャーとしての役割の発見

 筋肉の収縮制御メカニズムに興味を持った江橋は、 1950年代後半から60年代初頭にかけての洞察力溢れる一連の研究により、細胞内Ca2+濃度が筋収縮を制御していることを発見した。試験管内の収縮現象が微量のCa2+でコントロールされ、かつ筋弛緩を促す筋小胞体にCa2+を取り込む力があるという結果から導かれた結論であった。当時、無機イオンでしかないCa2+が、生命の根幹に関わる「収縮」を制御するという考えに精神的抵抗感を持つ人が多く、「Ca2+説」はすぐには広く受け入れられなかった。江橋はCa2+説を確実なものとするため、Ca2+と収縮制御の仲立ちをするタンパク質の同定に着手し、夜を日を継ぐ実験の結果1965年ついに骨格筋から世界初のCa2+制御タンパク質「トロポニン」を発見した。Ca2+説は揺るぎないものになった。その後、多数の研究者がCa2+研究に参加し、受精・発生から免疫や中枢神経機能まで、様々な細胞機能が細胞内Ca2+により制御されることが示されており、Ca2+シグナル機構は、今や最も重要なシグナル機構の一つとして確固たる地位を獲得している。さらに、江橋の発見は、Ca2+制御機構が関連するいくつかの疾患の原因の解明や、循環器病治療薬として重要な「Ca2+拮抗薬」などの開発につながった。基礎研究の成果が、どれほど大きな波及効果があるかを明確に示している。
江橋 節郎
(1922-2006)

記:細胞分子薬理学 飯野正光

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